著者プロフィール

大竹さん2大竹啓裕

OTAKE TAKAHIRO

 

20代30代サラリーマン時代、目の前の仕事でスキルを磨くことに夢中になり気が付けば40歳だった。

 

20代はセコムの営業や不動産ベロッパーでオフィスビルの運営に没頭して結果も残したかもしれない、30代は仲間と「ラーメンFC」を全国展開して、今では日本一のラーメンフランチャイズ(FC)チェーンとなり、FCを作るノウハウで業界では少しだけ有名になったかもしれない。

 

でも、40代になった時人生を考え直しそして気づいた。

 

「起業こそ幸せな人生を手に入れる最善の道」

 

FCのプロとしての自負は、このノウハウがあればどんなビジネスモデルも拡大できるという自信になった。そして友人のオフィス仲介技術をFCモデルにする事業で、42歳の時に起業した。投資家へのプレゼン、資金調達、監査法人のデューデリなど、当時は学ぶことだらけで楽しかった。

 

しかし、順風満帆に見えたスタートは、ライブドア事件、サブプライムローンショックと脆くも崩れ去る。

そして起業2年後には、早くも絶望の淵に立っていた。

 

沢山の人を巻き込んでしまった自分の責任、不甲斐なさに涙が出てくる。

ライブドア事件など外部要因もあったかもしれない。でもそれは自分へのごまかしだ。全ての原因は私にあった。

たしかにFCノウハウはプロだったが、経営者として未熟だった、本物のビジネスモデルを作るスキルが未熟だったのだ。

どうして失敗したのか・・・この本当の理由に気づいたときに生まれた経営手法が「ストックビジネス」だった。

 

その後複数の事業を立ちあげたが、どれもが小さく黒字ではじめ、時間ともに拡大していくという安定モデルとなった。そして大人のレンタルオフィス「インスクエア」の経営は私の人生を大きく決定づけた。

数々の起業家支援、運営協力を行うと「ストックビジネス」のつくり方があらゆる事業に応用できた。そして

 

「ストックビジネスは意識すれば作れる」

 

という確信になっていった。

 

しかし、この経験から、ストックビジネスは自然にで出来るものではなく、

意識して作らなければ「永遠に出来ない」ということも同時に知った。

 

 

日本の起業年齢が高くなってきている。

今では、30代で準備して40歳を過ぎてから起業するのが主流になっている。

 

私と同じように、人生の後半戦に差し掛かりながらも起業する人には失敗が許されない。それは自分の鏡のようで、痛いほどよく分かる。

本当の起業支援は、真剣勝負だ。

実際に自分で起業し、あらゆることを経験してきた経営者にしか、本当のアドバイスなどできないはず。

 

沢山の人達に助けられて今の私がある、私にしかできない恩返しをしたい。

今の日本はだれも経験したことのない不透明な時代だ、でも会社を着実に軌道に乗せることができれば夢は必ず叶うのだ。

そこにあるのは「起業こそ幸せな人生を手に入れる最善の道」これは今でも私の信念、そして、あなたへのメッセージなのだ。

 

 

福島県出身 1963年生まれ

趣味:街歩きと温泉。街のあちこちに隠れているビジネスヒントを探すのが楽しみです。

 

 

 

>>>本が生まれた理由

 

《 業 歴 》

20代はセコム株式会社(東証一部)にて理想的なストックビジネスの原点

を経験、その後、不動産デベロッパーにて100棟以上のオフィスサブリース

運営から、不動産事業の持つストックの本質と所有せずともストックビジネス

が作れることを体現する。

30歳でラーメンFCチェーンの創業メンバーとして参画、ラーメン全国展開

でマーケティング理論を実践、ラーメンFCとしては全国一位となる約300

店のストックビジネスモデル構築の原動力となる。

その後、不動産業界に革命を起こしたいと考え42歳で起業。

フロービジネス(仲介事業)をFC展開する目的でスタートするものの、

その後ストックビジネスに移行し複数コンテンツを創造する。

その後、大人のレンタルオフィス「インスクエア」や貸し会議室

「アットビジネスセンター」など、独自理論で様々なストック

ビジネスを拡大し、現在では売上の8割以上をストックビジネスに転換した。

これまでの新規事業立ち上げは20事業以上。

 

 

 

 

 



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